【DTMの真実】1176/LA-2Aの「魔法」の正体は「欠陥」だった!アナログモデリングプラグインが不要にならない理由!



最近、「Open Compressor」という素晴らしいプラグインを入手し使い込んでいます。
アタック、リリース、トランジェント、倍音……コンプレッサーの挙動を可視化してコントロールできるツールです。
そして、大きなウリとしてSSLやAPIや1176などの名機の挙動を再現できるのですが、UADやWavesが出しているアナログモデリングプラグインがこれで不要になるかというとそういうことでもないなと気付きました。
では、世のエンジニアの皆さんが言う「アナログっぽさ」や「独特の風味」と言うのは一体何を指しているのかと思いめちゃくちゃ調べて勉強してきました。
先に結論を言ってしまうと、魔法の正体は「構造的欠陥」と「人間の知恵」でした。
別の記事で「コンプとフェーダーの違い」を解説しましたが、それの別章だと考えてもらえれば幸いです。
ここで語られる内容はプロエンジニアの方にとっては常識的なものかも知れません。
そしてブログ自体文量が多く、至らない点や不備もあるかも知れませんが必ず皆さんにとって新しい知識や視点が得られる記事になります。
・魔法の物理的構成要素
・各メーカーの戦術の違い
・それぞれの優位性
上記3点を解説していきます。
アナログ実機の動作原理が分かっていればプラグイン選びの基準になるし、購入の際、注目すべきポイントも明瞭になるのでぜひご覧ください。
魔法の物理的構成要素
Open Compressorのようなデジタルコンプは指定した数値やパラメーター通りの挙動を起こしますが、アナログ実機の場合は常に「物理法則」とせめぎ合っています。
アナログの特徴として「非線形」「時間変化」「状態依存性」の3つに集約できます。
これらはそっくりそのままデジタルで再現が難しい理由になります。
つまりざっくり言うと、特性そのものと言うより「特性が揺らぎながら変化する」事がデジタルは苦手であり、アナログ実機の持つ不完全ゆえのエラーであると言えます。
1.変圧器のヒステリシスと位相変化
多くの名機(1176、LA-2A、APIなど)は、入出力に音声信号を変圧する「トランス(変圧器)」を通します。このトランスによって音が変わると言う話は皆さんも聞いた事があるかも知れません。



ヒステリシスと言うのは、現在の入力だけでなく、過去の履歴(変化の過程)に依存して変化する現象のことです。
音楽的にどのような効果があるかというと、低レベル信号(リバーブの余韻やブレス)に対して独特の倍音を付加し、聴感上の「密度」を向上させます。
→「小さな音が前に出てくる」「質感がザラッとして存在感が増す」
また、トランスを通った際に低域の遅延が発生し位相が変化します。
これにより、キックやベースのアタック成分が時間軸上でわずかに滲みます。
結果として鋭かったピークが「丸みを帯びたパンチ」に変わります。これがアナログに通したことで「耳に痛くないのに迫力がある」という音の正体です。
2.光と時間の記憶
LA-2Aはオプトタイプのコンプレッサーである、と言うのは聞いた事あるでしょうか。
そのオプトタイプの心臓部であるセル(発光+受光)は、強い光を受け続けた(=強いリダクションがかかり続けた)場合、暗くなるまでの時間にラグがあります。
それは、どのぐらいの強さの光をどのぐらい浴びていたのかによる物理的な「熱」や「残像」を記憶することでリリースや次の圧縮の挙動が変わると言う事です。
これが「歌い出しは速く反応するのに、サビの終わりではゆったりリリースされる」という、デジタルでは再現が難しい音楽的な挙動を自動で生み出します。


3.電源電圧の変動(サグ)
今回勉強した中で一番面白いのがここでした。
サグは、瞬間的に電圧が通常よりも低下する現象のことです。
これが音楽的に何をもたらすかというと、キックのような低周波かつ大エネルギーの信号が入力されると電圧が瞬間的に下がります。
そうすると、同時に鳴っている高域成分(ハイハットなど)を巻き込みながらコンプレッションとは異なるメカニズムで「キックが鳴った瞬間に全体が少し吸い込まれる」という独特のグルーヴを生み出します。
これがあの「接着感(Glue)」の正体の一つです。
バストラックで使われるコンプレッサーにはこのような特徴が備わっています。
つまり、電圧というアナログ的で有機的で不可避な欠陥のおかげで魔法のようなグルー感が生まれているのです。

この3つの要素は「時間」や「熱」「電気」などの物理的で有機的な事象と複雑に絡み合いながらアナログの魔法を構成しています。
メーカーの戦い方の違い
それでは、前述したようなアナログの挙動を各メーカーはどのように再現しているのか?
それを紐解いていくと、メーカーごとの「タイプ」や「得意技」の違いが見えてきます。


1.回路図の絶対信者(代表:UAD)

「音」を似せるのではなく、「電気」や「回路」をシミュレートする「物理モデリング」というやり方です。
回路図に基づき、各電子部品(抵抗・コンデンサ・トランジスタ・真空管・材質など)の物理法則を計算しまくってくれます。
私には詳しいことは分かりませんが、パッと考えるだけでも吐き気を催す計算量が必要になる事がわかるでしょう。
各パーツ × 素材(短いトランジェント、長い持続信号、複雑な和音)× 周波数 × …など音楽に必要な要素が多すぎるそれらの相互作用までシミュレートしなければなりません。
そして、前述したような「熱」「時間」なども計算すると想像すると、もはや感謝しか出てきません。


2.狂気のサンプリング(代表:Acustica Audio)

上記のような膨大な計算をすっ飛ばして、入力と出力の関係性を大量にサンプリングする手法を取っているのがAcustica Audioです。
「Aという音を入力したらBになった。じゃあCもやってみよう。」を大量に行い「反応そのもの」のデータをサンプリングしています。
特徴としては、回路図から計算するのではなく、実機そのものの出力を録音してデータ化するため、モデリングでは再現しきれない「空気感」「個体の癖」「経年劣化の味」などの質感を完コピできます。
ただ、膨大なデータを扱うためマシン負荷はかなり高くなりやすいです。
音源で言うとMODO BASSとTrilianの違いのようなものでしょう。


MODO BASSの場合は、物理的に再現(シミュレート)するため、容量が小さく「っぽい音」が表現できるという高い利便性があります。
逆にサンプルベースのTrilianはライブラリ容量がかなり大きくCPU負荷も大きめですが圧倒的な「質感」「リアル感」が特徴です。
これはそのまま上記2社の違いや優位性に当てはまります。
3.個体差を科学する(代表:Plugin Alliance Brainworx)

全く同じものがこの世に無いように、アナログパーツには必ず「誤差」があります。
同じギターでも、製造ロットや個体差によって必ず音が違います。
この部分をBrainworxは各パーツをランダムに変動させたモデルをシミュレーションして72種類(チャンネル)作り出しました。
これにより、各パートやチャンネルごとに微妙な差異が生まれデジタルにはない「ワイド感」「深み」「滲み」「立体感」を生み出します。


3パターンどれもデジタルには無いアナログの不完全さを再現・構築しています。
それぞれの優位性
ここがブログの核心部分になるでしょう。
実機を保有している人は少なくプラグインで代替している人がほどんどでしょう。
ここでは「どちらが優れているか」ではなく、「物理法則の壁」と「計算機の可能性」の対比として話を進めていきます。
アナログが出来ること
無限の解像度
デジタルオーディオには「サンプリングレート」と「ビット深度」という「階段」が存在します。サンプリングレートの44.1kHzは1秒を44,100分割した状態のことです。
デジタルの場合、必ず量子化されるのでこの「階段」と言う「段差」が存在します。
非常に鋭いアタック(マイクロ秒単位のピーク)がサンプリングの「隙間」に入った場合、デジタルではそのピークの正確な形状やエネルギーを完全に捉えきれません。
しかしアナログの場合1秒を無限に分解できるため、物理上情報の欠落は存在しないと言うことになります。
インピーダンスの相互作用
実機では、プリアンプとコンプレッサーをケーブルで繋いだ瞬間、電気回路がつながり、相互に影響を及ぼし合います。
DAW上のプラグインスロットは一方向にデータ処理を行なっているだけですので、アナログチェーン接続による「一体感」や「予期せぬトーン変化」は、相互干渉がもたらした実機特有のものだと言えます。
予測不能の状態変化
前述してきたことそのものなのですが、各パーツの材質・温度・電圧・劣化具合など多種多様な要素が混ざり合い特性を変化させたりノイズを加えたりします。
その特性変化やノイズが音楽的に心地良いと評価されているのは皆さんの知るところではありますが、この特性を完全に再現するためには、
・無限に近い状態変数
・長時間の履歴保持
・膨大な計算量
が必要になり実質不可能となっています。
デジタルが出来ること
完全な再現性とリコール
前述の項をひっくり返すとデジタルプラグインの優位性が1つ立ち上がります。
厳密に言えば2度と同じ音が出せない実機に対し、いつでも同じ音を出せると言うのがプラグインの最強の優位性です。
・温度が変わらない
・経年劣化がない
・電源電圧が揺れない
・個体差が存在しない
これらを敢えて再現する手法もありますが、「完全に同じ音を再現出来る」と言うのは、言うまでもなくデジタルだからこそ出来ることでしょう。


未来を見る先読み(Look-ahead)機能
物理世界では「未来の出来事を見てから現在の行動を決める」ことは不可能です。
しかしデジタルでは、バッファを用いることで「数ミリ秒後の信号」を先読みできます。
それがコンプレッサーやリミッターに搭載されている「Look-ahead」と言う機能です。
これにより、「ピークが来る5ミリ秒前」にゲインを下げ始めることができるため、「歪みを一切発生させずに完全にピークを止める」という物理的に不可能な挙動(Brickwall Limiter)が可能になります。
位相線形性の制御
「リニアフェイズEQ」と言う言葉を聞いたことはあるでしょうか?
それについての話です。
アナログEQやフィルタは、周波数を変化させると必ず「位相ズレ」が発生します。
勿論プラグインでも変化はするのですが、「リニアフェイズEQ」を使えば、位相を全く変化させずに周波数特性だけを変える事ができます。

難しいことは分からないのですが、入力信号の全帯域を「同じだけ遅らせる」ことで、相対的な位相関係を崩さないEQとのこと。
つまりこれもデジタル的に時間を操っているので実機には不可能な挙動となります。
まとめ:魔法の正体
Open Compressorを手にしてしまったばっかりにこんなブログを書いてしまいました。
そもそもの発端を思い出すと、各パーツや構成要素や歪みを再現する事が出来る「Open Compressor」があればもうアナログプラグインはお払い箱になるのか?と言う疑問でした。
もし、そうであるならば各メーカーがこんなに鎬を削って新製品の開発をするはずが無いと思い、今回の「アナログの魔法」に関するリサーチ&執筆を始めました。


冒頭述べたように結論、魔法の正体は「構造的欠陥」と「人間の知恵」でした。
電圧・電流回路・経過時間・熱・劣化・ノイズ・個体差…などの現実世界ではどうしようもない「物理法則」によって、望む望まないに関わらず、あらぬ挙動を生み出しました。
本来それは忌避すべき「欠陥」でしたが、それがなんだか音楽的であると気付き、先人たちが使用と調整を続けてきた結果、今日の歴史的な「名機」が作られ今の音楽文化を彩っています。
「判断が早い」「どう使っても破綻しにくい」と言うのは先人たちが音楽的なチューニングを積み上げてきた「技術的文化」の上に成り立っています。
そして今日では、様々なメーカーがあの手この手でその「不確定性」や「相互干渉」というデジタルが苦手な部分をいかに矛盾なく実装するかの技術を競い合っています。
ここまで連綿と繋がってきたアナログとデジタルの歴史を振り返ると、私が知ったのは例え氷山の一角だったとしても畏怖と敬意を覚えざるを得ません。
クラークの第3法則そのもの
Open Compressorはデジタル系のコンプレッサーとして認識しています。
それはクリーンであり、正確なコンプレッションという現象の純粋な形そのものです。
一方で、実機もしくはアナログエミュのプラグインは、挙動やノイズなどを含めた「音楽的文化」を提供してくれています。
そして同時に即物的に「使えばなんかいい感じになる」を提供してくれます。
SF作家 アーサー・C・クラークの有名な「三法則」の第3法則として有名な下記の言葉があります。
「十分に高度な科学技術は、魔法と見分けがつかない」
このブログの結末にするにはやや鋭すぎる気もしますが、まさに言い得て妙だと思います。
しかし私なりに言い換えるなら下記になります。
音楽において魔法とは「理解不能なもの」ではなく、
理解した上であえて選ぶ「非合理」である。
知っていても知らなくても選んだ先にある音が目的なのですから、選ぶ事自体が目的化してしまわないように留意して音楽制作に役立てていこうと感じました。
「動画」
このブログ記事が、皆さんの音楽制作に役立つ情報を提供できることを願っています。
さらに詳しい情報や、ご意見ご感想があればぜひコメントをお待ちしています。



